静かな大地

アイヌ初の国会議員となった萱野茂は、自分たちに押しつけられた「旧土人」という名を拒み、その土地がかつて持っていた名を思い起こす——アイヌモシㇼ、静かな大地。

静かな大地
テオドール・ルソー — 『冬の森、日没』(1846–67年頃)。メトロポリタン美術館、CC0。

ニブタニの周辺には、萱野茂の記憶によれば、桂の森が鬱蒼と広がり、幹の太さは二メートルにも達し、鹿の群れがそこかしこにいた。アイヌはそこで必要なものだけを得ていた——獲物や沙流川の鮭を。そして何も余分には取らなかった。やがて明治時代が訪れると、同じ山々は、何の通告もなく「国有林」とされ、やがて大手の金融グループに売却された。たった一つの行政用語が、住まう土地を「利用可能な資源」へと変えたのだ。

1994年に日本の国会議員となった萱野は、もう一つの押しつけられた言葉に抵抗した。それは1899年の「旧土人保護法」が彼の民を「教化すべき対象」として位置づけた「旧土人」という言葉だった。彼は自伝の中で、日本のどの法律も及ばぬはるか以前から、その土地が持っていた名を対置する。

英語(日本語原典からの訳)

We are no “former aborigines.” We were a nation who lived in Hokkaido, on the national land called Ainu Mosir, which means “a peaceful land for humans.” The “Japanese people” who belonged to the “nation of Japan” invaded our national land.

日本語

私たちは「旧土人」ではない。私たちは北海道に住む民族であり、アイヌモシㇼ——「人間のための静かな大地」を意味する——という国土を持っていた。日本人という「日本国民」が、私たちの国土を侵略したのだ。

萱野茂, Our Land Was a Forest , 書 Our Land Was a Forest  — 版 仏訳からの再訳。原典は英訳(訳者:Kyoko & Lili Selden、Westview Press, 1994)による, 訳 viasophia

モシㇼとは、大地であり、世界であり、国である。アイヌモシㇼは、単なる地名の一つではない。それは「北海道」をアイヌ語に訳したものではない。この土地が何であるかを示す名なのだ——静かで、人が住むための場所であると。これに対して、同じ土地をめぐって二つの名が争う。「旧土人」は生きる民を過去のものとして位置づけ、教化を正当化する。「国有林」は住まう土地を資産の欄に押し込み、売却を正当化する。どちらもそこにあるものを名指しはしない。ただ、そこに何をしたいかを名指しするだけだ。

萱野は嘆きに留まらない。彼が問うのは、自分たちに突きつけられた法の言葉そのものによる権利の問題だ。もし日本人がこの土地を借りたのなら、賃貸契約書があるはずだ。買ったのなら、売買証書があるはずだ。どちらも存在しない以上、彼はただ一つのことを確認するしかない——アイヌの誰一人として、アイヌモシㇼを売ったり貸したりした覚えはない、と。その論理は極めて簡潔だ。憤りをあらわにすることなく、ただ証書の提示を求める。そして、その証書は存在しない。

1994年、国会の演壇で、萱野はアイヌ語で演説を行った——日本の法律が決められる場で、この言語が響いたのは初めてのことだった。それは見せ物ではない。一つの名を、法の力を持つ唯一の場所に、再び置く行為だった。

引用出典

  • Shigeru Kayano, Our Land Was a Forest: An Ainu Memoir, 版 Westview Press, 1994 (orig. japonais, 1980), 訳 Kyoko & Lili Selden (du japonais vers l'anglais) ; rendu français maison.