メディア
イタリア語で「知識の道具」を意味するこの言葉は、カルヴィーノの目には策略として映る。同じ書記が、見えざる権力の道具へと変貌するからだ。その転倒はイタリアに留まらない——他の言語もまた、同じ婉曲表現の下に支配を隠している。
ストルメント・ディンフォルマツィオーネ——この言葉は、約束のように響く。イタリア語では、まず中立的で、ほとんど技術的なものとして受け取られる。知識を持たぬ者にそれを届ける手段。しかしカルヴィーノは、そこにもっと不穏な働きを見出す。単なる「道具」として提示されるものが、実は権力の梃子なのだ。転倒は言葉自体にあるのではない。その使われ方にある。書記を支配の機構へと変える使われ方に。以下の図は、この曖昧さがイタリアに固有のものではないことを示している。
言葉の下に潜む意味
語源的に、strumento はラテン語 instrumentum(装備するもの)に根ざす。それ自体に否定的な含意はない。手段、媒体を指す言葉だ。Informazione はラテン語 informatio(形を与える行為)に由来し、権力とは直接の関係を持たない。しかしこの二つが結びついた瞬間、緊張が生まれる。道具は、啓蒙することもあれば、拘束することもある。
転倒の系譜
『Una pietra sopra』でカルヴィーノは、マンゾーニの世界における書記の二重性を指摘する。それは strumento d’informazione(情報の道具)であると同時に、strumento di potere(権力の道具)でもある。転倒は婉曲化によって生じる。書記を単なる知識の媒体として提示することで、その支配の機能を覆い隠すのだ。引用はそれを率直に暴く:
レンツォとルチーアの世界では、書記は二つの顔を持って現れる。権力の道具であり、情報の道具でもある。
ここで注目すべきは、その二重性だ。書記は単に事実を伝える手段ではない。それはフィルターであり、世界の一側面を強制する枠組みでもある。権力はそれを権力として露わにしない。客観性や中立性の衣を纏い、婉曲表現がヴェールとして機能する。情報を装って、支配する。
同じヴェール、言語を越えて
この仕組みはイタリアに限ったものではない。他の言語、他の文化もまた、同様の現実を似たような外観の下に隠す言葉を作り出している。以下の表はその地図を描く:
| Langue | Forme du mot | Attestation |
|---|---|---|
| フランス語 | médias | ● |
| 英語 | media | ○ |
| ドイツ語 | Informationsinstrument | ○ |
| スペイン語 | medio de comunicación | ○ |
| イタリア語 | strumento d’informazione | ● |
| ロシア語 | средство массовой информации sredstvo massovoy informatsii | ○ |
| トルコ語 | bilgi aracı | ○ |
| 中国語 | 舆论工具 yúlùn gōngjù | ○ |
同じ性質(権力の婉曲化)と同じ対象(書記による支配)が、フランス語・イタリア語の一次資料によって確認される。英語・ドイツ語・スペイン語・ロシア語・トルコ語・中国語については、資料の欠如(非存在ではない)が指摘される。
attesté par un dévoileur natif · lacune (non encore sourcé) — jamais « absent »
フランス語の médias も同様の役割を果たす。元来は単に伝達の媒体——新聞、ラジオ、テレビ——を指す言葉だった。しかしエリック・アザンが『LQR』で示すように、この言葉は書記や映像による支配システムを婉曲化する言葉へと変貌する。引用がそれを裏付ける:
政府自身が、メディアを介して、あるいは直接に、自分に対抗する市民社会という観念を広めようとしている。
ここでもまた、権力は技術的な機能の背後に隠れる。médias は単なるチャンネルではない。それは表象を形成し、意見を誘導し、そうして見えざる支配を行使する装置なのだ。転倒の性質は同じ。婉曲化して、よりよく支配する。
道具とその影
strumento d’informazione という言葉は一つの問いを孕む。道具はいつ武器となるのか。答えは言葉自体にあるのではない。その使われ方にある。カルヴィーノは私たちを、外観の向こう側へと誘う。書記が奉仕を装って、実は隷属させるその先へ。言語の地図はそれを証明する。この転倒は横断的な策略であり、国境を越える詭計なのだ。では今、誰がその道具を握っているのか。そして何のために。
引用出典
- Italo Calvino, Una pietra sopra (L'antilingua), 版 Einaudi.
- Éric Hazan, LQR. La propagande du quotidien, 版 Raisons d'agir, 2006.