Shipibo · シピボ・コニボ

Mahua Yoxin

mahua yoxin

船シピボ=コニボの言葉で、芸術家チョノン・ベンソが否定的に用いる*マフア・ヨシン*とは、死者の亡霊――いかなる関係も、いかなる絆も持たぬ存在だ。ベンソはこれを、シピボの女を描くために呼び起こす。その女は祖母たちの慣習を知り、親たちの大地を歩む――ゆえに、この世に迷うことなく、あの絆なき亡霊のように世界に失われてはいない。この言葉は、おどろおどろしい超自然のものではない。それは、親族や知識や土地の網の目に根ざした人間の、まさに裏返しを名づけるものだ。

She is not like a mahua yoxin ghost, with no relationships or attachments.
Chonon Bensho & Pedro Favaron, Ainbon Jakon Joi: The Good Word of an Indigenous Woman, Voix de l'intérieur niveau 2 (Chonon Bensho, shipibo-konibo ; Pedro Favaron, membre par alliance). Texte anglais trad. de l'espagnol par Tirso Gonzales.. Terralingua, Langscape Magazine, vol. 9 (2020) · source

チョノン・ベンショはマフア・ヨシンをそれ自体として定義するのではない。彼女はそれを対比として用い、糸を保ち続けたシピボの女性とは何かを語るのだ。祖母たちの慣習を知り、両親が踏みしめた大地を歩む彼女は、「世界に迷うことはない。関係も絆もないマフア・ヨシンの亡霊のようではない」。

マフア・ヨシンとは、切り離された死者の霊——夢や記憶を通じて生者とのつながりを保つ先祖(ベンショが自らの夢で相談するような存在)とは異なり、すべての糸を断ち切った者のことだ。唱えられる系譜も、認められる土地も、語りかける生者もいない。亡霊を定義するのは彷徨ではなく、ベンショにとって人を成すものの不在——「どこから来たかを知り、どこへ行くかを知る」ことの欠如なのだ。

西洋の民間伝承における亡霊(その存在によって行動し、出没し、恐怖を与え、姿を現す)とは異なる。一方、マフア・ヨシンは現れることで恐怖を与えるのではない。むしろ、つながりの完全な欠如によって、まったく「脱・関係化」された生を示すのだ。それはアキナナンティ——「誰も孤独ではない」世界で共に成す仕事——の正反対であり、マフア・ヨシンとはまさにその孤独にある者なのである。

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